伊364潜は「潜輸大型」の『伊三百六十一型潜水艦』の
4番艦として1944年9月6日に第7潜水戦隊に編入されました。
初陣はウェーキ島への輸送任務。
14日に横須賀を出発。
しかし16日には日本東海上にて哨戒中の「シーデビル」に発見され
彼女が放った4本の魚雷中2本が命中し、轟沈してしまいました。
シーデビル
伊三百六十一型潜水艦は艦橋に特徴があり
その形状は逆台形となっています。
同型艦の伊361(上)伊367(中)と、従来艦橋の伊8(下)
これは浮上航行時敵レーダー波を海面に反らすようになっています。
これは世界で初めて船体にステルス性を考慮した設計だそうです。
上記画像の伊361・伊367は回天を搭載していますが、
本来は「特四式内火艇」二輌搭載し
夜間に沖合の潜水艦から発進し、夜が明ける前に上陸させる構想でした。
同型艦の伊372は日本海軍で初めて『シュノーケル』を搭載。
しかし日本海軍の潜水艦のエンジンとの適応性が乏しく
その運用は極めて限られたものでした。
伊400の搭載された『シュノーケル』。艦橋後方の下方に湾曲したパイプ状のもの。
その横のラッパ状は二号二型対水上電探。後ろに見えるアンテナ状は一号三型対空用電探。
日本海軍の潜水艦が各地で次々と消息不明になってることを
海軍はどのように受け止めていたのでしょう。
敵の潜水艦対策が充実してることくらいわかってたはずです。
なのに有効な対応策をとることも出来ず、ただやみくもに
イケイケで送り出していたのでしょうか?
呂号潜などは排水量500t以上、1000 t 未満で全長は約70mと
伊400の122mと比べると50mも小さい。
広い太平洋でこのような小さな艦艇を敵は数多く発見し、沈めています。
と言うことは、米軍は日本海軍潜水艦の行動パターンを
把握していたのかもしれません。
いくら高性能(日本と比べて)レーダーを搭載してるからと言って
その範囲は限られています。
「この海域にやって来るだろう」と予測を立て
そこでの哨戒に力を注いでいたのかもしれませんね。
参考画像です
祖父は多くを語りませんでしたが、
「その運用方法に大きな誤りがあった」と
つぶやいたことがありました。
その胸中はいかなるものだったのでしょう・・・。
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